FDE(Forward Deployed Engineer)という職種が、日本でも少しずつ語られるようになってきた。「FDEとは何か」を解説する記事は増えたが、そのほとんどは海外——主にPalantirやOpenAI界隈——のFDE論の紹介だ。

私は日本企業のクライアント先で、FDEとして働いている。企画段階から現場に入り、AIシステムを実装し、業務に定着するまで面倒を見る仕事だ。その立場から言うと、海外のFDE論は日本企業の現場ではそのまま通用しない。前提が3つ崩れているからだ。

この記事では、その3つのギャップと、それを踏まえて日本のFDEはどう動くべきかを書く。

目次

理由1: 稟議文化 — 「その場で決められる人」が現場にいない

海外のFDE論の暗黙の前提は、「現場で動くものを見せれば、その場で意思決定が進む」ことだ。デモを見せる→フィードバックが返る→翌週には方針が決まる、というループが機能する。

日本企業では、このループの2周目がなかなか回らない。現場担当者が「いいですね」と言っても、それは意思決定ではない。稟議はそこから始まり、私の経験では決裁が下りるまで数週間、長いときには数ヶ月かかった。現場が盛り上がっていても、承認プロセスの中で勢いは確実に目減りしていく。

もうひとつ厄介なのは、稟議が進む過程で要件が変わることだ。承認ルートを上がるにつれて関係者が増え、それぞれの立場からの要望が上乗せされる。デモの時点で合意していたはずのスコープが、決裁が下りる頃には別物になっている——ということが実際に起きる。

つまり日本のFDEは「動くものを見せる」だけでは足りない。私は途中から、費用対効果の言語化、リスクの事前つぶし、決裁者向けの説明資料といった、本来エンジニアの職掌の外にある仕事を自分で巻き取るようになった。これは雑務ではない。デモの熱量を稟議の書式に翻訳する作業であり、日本でFDEをやるなら実装と同じくらい本質的な仕事だと今は考えている。

理由2: 情シスの関門 — ゲートキーパーが事業部門の外にいる

海外論では、FDEは事業部門と直接組んで高速にプロトタイプを回す存在として描かれる。だが日本企業では、データアクセスの権限が情報システム部門に集約されていることが多く、事業部門の合意だけでは1行のコードも本番データに触れられない。

私自身、事業部門とは話がついているのに、検証に必要なデータへのアクセス権限が下りず、プロジェクトが足踏みした経験がある。ここで「情シスが壁だ」と嘆くのは簡単だが、それでは何も進まない。

この経験から、私は動き方を変えた。プロジェクトの初期、まだ要件も固まっていない段階から情シスに声をかけ、何をどこまで検証したいのか、データはどう扱うのかを先に共有しておく。ゲートは、着いてから開けようとすると何週間もかかるが、先に開けておけば通過は一瞬だ。情シスは敵ではなく、最初に味方にすべき関係者だと考えるようになった。

理由3: PoC予算の構造 — PoCの成功と本番化は別の稟議

日本企業のAI案件が「PoC止まり」で死ぬ構造的な理由のひとつは、予算の切られ方にある。PoCは「今期の検証予算」で走るが、本番化は別の予算・別の体制として、あらためて稟議に乗る。つまりPoCが成功しても、本番化が自動的に始まるわけではない。

私はこれを実際に経験した。技術検証としては成功と言える結果が出たのに、本番化は仕切り直しの稟議になり、そこで止まりかける。海外のFDE論は「PoCの成功=導入の前進」を前提にするが、日本では「PoCの成功」と「本番化の稟議が通ること」は独立事象に近い。

だからFDEは、検証の設計段階から本番化の稟議を逆算する必要がある。PoCの成果物を「動いた」で終わらせず、本番予算の稟議でそのまま使える形——費用対効果の根拠、運用体制の素案、リスクと対策——まで育てておく。検証が終わってから考えるのでは遅い。

では、日本でFDEはどう動くべきか

3つの理由に共通するのは、本当のボトルネックが「技術の外側」にあることだ。まとめると、日本版FDEの動き方はこうなる。

  1. 動くものを見せるだけでなく、稟議を通す材料まで作る
  2. 情シスを最初期から巻き込み、ゲートを先に開けておく
  3. PoCの設計段階から、本番化の稟議で使える成果の形に逆算する

海外のFDE論が間違っているわけではない。「現場に入り、動くものを見せながら要件と実装を同時に育てる」という核は、日本でもそのまま通用する。ただしそれを機能させるには、稟議・情シス・予算構造という3つの前提の違いを織り込んだ動き方が要る。

そして私が日本企業にこそFDEが必要だと考える一番の理由は、シンプルだ。導入したシステムが業務に定着するまで見届ける人間が、どのプロジェクトにもいないからだ。ベンダーは納品で終わり、コンサルは提言で終わり、現場は日常業務で手一杯。その間に落ちるボールを拾って本番定着まで運ぶ役割——それがFDEであり、この空白は解説記事がいくら増えても埋まらない。現場に入る人間が埋めるしかない。

この辺りの実践知は、今後もこのブログで書いていく。

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