複業を始めた当初、私は「ある程度の実績が出るまでは発信しない」と決めていた。数字が出ていない段階で発信しても説得力がないし、恥ずかしいという感覚があったからだ。今はその考えをやめている。結論から言うと、儲かってから発信するのを待っていたら、複業4事業のうち3つは今も発信できていなかったはずだ。実績を待つ発信は、実績が出るまでの間に得られるはずだった検証機会を丸ごと捨てる行為だと気づいた。
「実績が出てから」で止まっていた期間
storeforge(ドロップシッピング)を始めた当初、私は「月商が一定額を超えたら発信しよう」と考えていた。しかし小額(5万円上限)でのリサーチ・検証フェーズは想定より長引いた。市場ニーズの見極めと法規制の確認だけで数ヶ月が過ぎ、その間「発信するほどの実績はまだない」という理由で何も書かなかった。
aerial-earth-studio(空撮動画)でも同じことが起きた。動画制作パイプラインの構築に時間がかかり、「チャンネルが軌道に乗ってから振り返りを書こう」と先延ばしにしていた。結果、パイプライン構築でつまずいた点や判断の経緯は、記憶が薄れた後で書くしかなくなった。
振り返ると、この「実績が出てから」というルールには根拠がなかった。何を「実績」と呼ぶかの基準を自分で決めていなかったので、いつまで経っても「まだ早い」と判断し続けられる状態になっていた。
何が引っかかっていたのか
発信を止めていた理由を分解すると、大きく2つあった。
- 失敗を見せたくないという感覚: 検証段階の事業は失敗する確率の方が高い。それを外部に見せることは、自分の判断ミスを晒すことと同義だと感じていた
- 「儲かった話」でないと読む価値がないという思い込み: 発信は成功事例を共有するものだという前提を無意識に持っていた。結果が出ていない話は情報として価値が低いと決めつけていた
この2つは、よく考えると根拠が薄い。複業を始めたばかりの読者にとって、成功した後の結果だけを見せられても再現しづらい。むしろ「何を検証して、何がダメで、次にどう判断したか」という過程の方が、同じフェーズにいる人には使える情報になる。この転換に気づいてから、発信のハードルの立て方自体が間違っていたと考えるようになった。
発信のタイミングを変えて起きたこと
実際に「実績が出る前」から書き始めてみて、変わったことが3つある。
- 判断を言語化する回数が増えた: 発信する前提があると、「なぜこのタイミングでこの事業を始めたか」「なぜこのやり方を選んだか」を都度言葉にする必要が出る。これは家計簿をつけるのと似ていて、書くこと自体が思考の解像度を上げる
- 失敗の記録に迷いがなくなった: 例えばYouTube企画の1つを途中で中止した判断も、実績を待たずに書くスタンスに切り替えていたおかげで、そのまま記録として残せた。「うまくいった話だけ書く」ルールのままだったら、この判断はどこにも残らなかったはずだ
- 検証速度が可視化された: 発信のために事業の状態を定期的に言語化すると、進捗が止まっている期間の長さが自分の目にも見えるようになる。「実績が出るまで待つ」というルールは、実は停滞を隠す口実にもなっていたと気づいた
儲かってから発信するというルールは、一見「誠実さ」のように見えて、実際は都合の悪い経過を隠す仕組みとして機能していた。これが今回一番大きな気づきだった。
それでも書かないと決めている境界線
実績を待たずに発信するといっても、何でも書いているわけではない。守っている境界線は明確にしている。
- クライアント名・特定の取引先名・案件の詳細は書かない(複数案件を合成して抽象化する)
- 資産額・役員報酬など具体的な金額は伏せる(プレースホルダーで示す)
- 「儲かっていない」ことは書くが、「なぜ儲かっていないと判断したか」という根拠までは、事業の競争優位に関わる部分は書かない
実績を待たない発信と、何でも垂れ流す発信は別物だと考えている。過程を見せることと、検証の手の内を全部明かすことは分けて判断している。
まとめ
- 「実績が出てから発信する」というルールには、いつまで経っても「まだ早い」と言い続けられてしまう構造的な問題があった
- 発信を止めていた本当の理由は、失敗を見せたくない感覚と、「儲かった話」でないと価値がないという思い込みの2つだった
- 実績を待たずに書き始めてから、判断の言語化・失敗記録・停滞の可視化という3つの効果があった
- 発信のタイミングを早めても、守秘義務や金額の伏せ方といった境界線は別軸で維持している
次回は、複業ログの中でまだ触れていない民泊事業の検証状況について書く。